Spatial Pleasure

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2023.03.01

渋滞都市ジャカルタの公共交通を改革する、 企業を越えたデータ分析のエコシステム

インドネシアの首都・ジャカルタは慢性的な交通渋滞が大きな社会問題となっている。データ活用を通じてこの問題に取り組もうとしているのが、公共交通機関のデータを統合するJakLingkoと日本の総合建設コンサルティング企業・日本工営だ。領域を超えてコラボレーションする2社は、急速に発展するジャカルタという都市でいかにデータ活用に取り組もうとしているのか。

ジャカルタの交通を網羅するJakLingko

――本日はインドネシアでデータ分析がどのように都市計画と組み合わせられているのかお聞きできたらと思います。まずはJakLingkoがどんな企業なのか教えていただけないでしょうか。

Kamal Muhamad Kamaluddin(以下、Kamal) JakLingkoは、ジャカルタのさまざまな交通機関の乗車券や料金の統合を行うために設立された企業です。バス会社のTransjakarta、地下鉄会社のMIT Jakarta、LRTを建設するJakarta Propertindo(Jakpro)、MITJ(Moda Integrasi Transportasi Jakarta)が株主を務めていて、2020年に設立されました。JakLingkoではジャカルタの交通に関するすべてのデータを集めています。

――複数の交通機関を統合的に見ているわけですね。JakLingoはどんなデータセットをもっているんですか?

Kamal Grabのユーザーやすべての公共交通機関の利用情報を保有しています。たとえばユーザーがどこでどのバスに乗ったか、どのバス停で降りて地下鉄に乗り換えた――その人がどこで公共交通機関に乗り、どこで乗り換え、どこで降りたのか。最初から最後までデータをもっているんです。電話番号やジャカルタ市民か否かなど、ユーザーのプロフィール情報ももっていますね。将来的にはユーザーが学生なのか公務員なのか、あるいは障害の有無など、もっと細かなデータも取得していきたいと考えています。

Kamal Muhamad Kamaluddin(JakLingko Indonesiaプレジデント・ディレクター)

――すごい量のデータですよね。話を聞くだけでもワクワクします。日本の場合、鉄道会社は乗客のデータセットをもっているけれども、簡単には利用できない状況にあります。ジャカルタではデータセットの活用も可能なのでしょうか。

Kamal そうですね。データを収集するためのライセンスをもっていますし、州政府とともに所有権も有しています。データを利用するためには州政府からの同意を得る必要があるのと、ユーザ自身のプロフィールにアクセスする場合はユーザからの同意が必要です。協業しているJakarta Smart Cityでは交通管制センターでの分析も行っているため、現在すでに州政府とも協力的な関係にあります。

――企業や商業目的だけでなく政策のためのデータ分析もあるんですね。日本工営とはどのようなコラボレーションを行なっているんですか?

鵜澤邦泰(以下、鵜澤) データをマネタイズし持続可能なビジネスにすることは大きな課題のひとつです。JakLingkoは半分公的な企業ですが、半分は私企業ですから。そこで私たちはデータ活用のプロとしてプロジェクトに参画しました。もともと私たちは統計データを扱っていたため、ノウハウもあります。ただ、日本工営はデータそのものへアクセスすることができません。つねに所有者にデータを共有してもらう必要があるため、JakLingkoとの連携を強めていきました。現在は行政の領域だけでなく不動産デベロッパーなど民間側にもソリューションを提案しています。

データの価値を理解してもらう

――日本の企業と連携するにあたって抵抗はなかったのでしょうか。

Kamal 日本工営はジャカルタのコンサルティングを行う前からMRTに関わっていますし、国際的な経験も豊富だと思っていました。ほかの不動産デベロッパーとの関係も良好ですし、信頼できるパートナーだな、と。

――現在なにか具体的なプロジェクトは進んでいるのですか?

Namita いまはすべてのデータを集約し分析することで、物理的なインフラ開発に資するデジタルインフラをつくろうと思っています。そのために私たちは単一のデータセットだけではなく、統計データなどももちろん活用しています。

(左)胡内健一(日本工営 交通政策事業部 交通都市部 課長)
2018年から事業領域拡大を志向するインフラマネジメントセンター、事業創生センターにて都市・交通分野の事業開発に奮闘。交通、都市マネジメント市場を対象としたビッグデータを活用したサービスの開発プロジェクトを開始。

(中央)鵜澤邦泰(日本工営 営業本部 シンガポール事務所 所長)
2009年から2015年まで、日本工営の子会社、中南米工営株式会社に出向、中南米の各拠点(関係会社・事務所)の財務・会計面の管理に加え、域内の営業活動に携わる。2019年からシンガポールに赴任し、東南アジアの新規事業開発に携わる。

(右)Namita Dinesh(日本工営 営業本部シンガポール事務所 Senior Smart City Designer)
インドで建築・都市開発専門家としてキャリアをスタート。シンガポール国立大学(NUS)都市計画修士課程修了後、NUS-IREUS(Institute of Real Estate and Urban Studies)にてEBPM(Evidence-Based Policy Making)に繋がる包括的先進MaaSの研究に従事。現在は、MaaSから効果的な都市経営開発・改善を提案するプラットフォーム開発を担当。

――ステークホルダーが増えていくとプロジェクトを進めていくうえで困難も生じそうです。

胡内健一(以下、胡内) 私たちはITベンダーではないため、JakLingkoとコミュニケーションをとりながらまずはコンセプトやプロトタイプ、MVPを構築しようとしています。さらには複数のステークホルダーとオープンな議論の場を設け、アジャイルにアップグレードしているんです。いまはまだインドネシアの方々がデータ活用をあまり意識していませんが、市民レベルはもちろんのこと、交通事業者や政策立案者にもデータの価値を理解していただく必要があるでしょう。

鵜澤 これまで誰もやったことがないので、みんな恐れているんです。だから民間企業としてできるだけ早くマネタイズする方法を考えていきたいですね。

――日本ではデータ活用の重要性こそ理解されているものの、都市計画の考え方を抜本的に変えることは難しい状況にある気もしています。ジャカルタはいかがですか?

Kamal データサイエンスについてジャカルタはオープンな姿勢をとっていますね。Jakarta Smart Cityも政府とデータサイエンスの取り組みを進めようとしています。各交通機関の時刻表や運行状況など、JakLingkoのもっている情報もすでにJakarta Smart Cityのプラットフォームに組み込まれていますし、より大きなデータプールをもつJakarta Smart Cityと組むことで、より多くのコラボレーションを生み出せるのではないかと思っています。

より包括的なデータ活用を目指す

――個人的には、一部の人々はデータアプローチを好まないようにも思っています。たとえば自分が土地をもっていたらその土地の前にバス停をつくってほしいと思うでしょうし、各ステークホルダーは必ずしもデータによる最適化を受け入れないような気がします。

Namita データは知識ベースで実力主義的なアプローチですよね。だからほかのすべての要素、個人の利益やその他の要素を排除できると思っています。過去10〜15年の間に計算機やデータ分析などの技術が進歩していますし、それに応じてデータ駆動型の都市計画へ向かうことは明らかでしょう。

Kamal それはもっと大きなデータサイエンスの問題として捉えるべきではないでしょうか。ジャカルタのデータセットにはすべての公共交通事業者が含まれていますが、それだけでなくジャカルタ交通局の交通監視システムやインテリジェント交通システムもあるし、Jakarta Smart Cityと組み合わせることで人々の所得に関する情報を把握することもできます。全員が協力すれば、真に包括的な分析を行えるはずです。

胡内 データドリブンやエビデンスドリブンは透明性を上げることなので、なかには嫌がる人もいるかもしれません。データで運用を改善すると補助金が出なくなってしまうとか。そうなると運用レベルではなく政策レベルで考えなければいけませんよね。だからみんなにメリットを知ってもらうことが大事ですよね。

――ジャカルタの人々はデジタルテクノロジーの活用にも抵抗はないものでしょうか。

鵜澤 デジタルリテラシーは日本より遥かに高いかもしれません。インドネシアの人口の50%以上は1980年代以降に生まれたデジタルネイティブですし、多くの若者は両親や祖父母と同居しています。おばあちゃんがスマートフォンを使いこなせなくても孫が教えてくれるので、みんなデジタルリテラシーが高まるんですね。

――交通計画においてはどんな指標を使われてますか? たとえば渋滞の解消という視点もあれば、病院へのアクセスを重視する考え方もありますよね。

Kamal 混雑は大きなテーマのひとつですね。渋滞を解消するうえで、公共交通の分担率を増やすことでエリア内の総交通量を減らすことは非常に有効です。公共交通機関のシェアを広げるためにはサービスを向上させ、稼働台数を増やす必要があるでしょう。さらには学生や低所得層などのデータを見つつ、公共交通機関のプライシングについて検討が必要だと思っています。

鵜澤 交通網はすでに十分なレベルまで発展していますし、アクセシビリティも確保されています。また、ジャカルタだけでなくバリ島のデンパサールや南スマトラのパレンバンなど、ほかの都市の方がネットワークも乏しくユーザの満足度も低いこともわかっています。こうした状況では公共交通機関の統合以前にやらなければいけないことが多いですが、ジャカルタでは交通渋滞や環境問題への対策が出発点となるかもしれません。

1_sustainable-transport-index
Sustainable Urban Transport Index in Greater Jakarta(出典:Sustainability assessment of urban transport system in Greater Jakarta

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ジャカルタにおける公共交通のネットワークやオペレーションを分析する画面(出典:TransJakarta)

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バリにおける公共交通のアセスメントとプランニングを行う画面(出典:<日本工営)

ダイナミック・プライシングの可能性

――ジャカルタの渋滞はかなり大きな問題だと感じます。政府は道路のダイナミック・プライシングも検討しているそうですね。

Kamal わたしはそのアイデアに賛成です。交通渋滞の解決においては、総合的なプッシュ&プル戦略が必要だと思っています。バスや電車など公共交通機関の利用を促進し交通量の負荷を下げるとともに、交通機関や料金の統合によってユーザのインセンティブを高めていくわけです。同時に、人々が車やバイクを使わないようにする施策も重要です。たとえば課金制度を導入すると、燃料や駐車場といったコストと合わせて人々は公共交通機関を使うかどうか検討するようになるでしょう。重要なのは、そのバランスを検証することですね。現在、ジャカルタの86%は公共交通機関でカバーされていますし、ロードプライシングを適用することも十分可能だと感じます。

鵜澤 個人的にも有望な施策だと感じます。とくに自律走行車が導入されるようになると車がマクロに最適化されるためプライシングのインパクトもさらに大きくなりそうです。新たな税収という意味でも選択肢になりえますよね。個人的にも、シンガポールでは車を運転しないのでGrabを頻繁に使っていたのですが、原油価格の高騰にともない公共交通機関を利用する機会は増えました。インドネシアではガソリン代に補助金が出ているからドライバーが車を使いつづけられますが、価格は大きな因子になりそうです。

――将来的にはどのようにこのコラボレーションを広げていきたいですか?

鵜澤 わたしたちはもともと総合建設コンサルティングの会社です。現在も地下鉄の整備にかかわるなどインフラの建設をサポートしてきたため、このコラボレーションもジャカルタの新たなデジタルインフラを生み出すはずだと信じています。インフラの建設には通常数年から10年の時間がかかるものですが、MaaSやJakLingkoのデータを活用することで、最短距離でソリューションを提供していきたいですね。

Kamal デジタルソリューションからスタートし、ほかのフィジカルなレイヤーの開発でもサポートを進められるといいですね。日本工営はもちろんのこと、まだまだ多くの方と一緒にコラボレーションを広げていけるはずだと思っています。

from Spatial Pleasure

従来の交通計画においては専ら「渋滞」と「事故」を削減することが重視されてきたが、近年は環境負荷の低減や市民へのアクセシビリティ担保など、ソーシャルな指標が増えている。都市におけるデータ分析を考えるうえでは、エリアや文化に合わせて異なる指標へ最適化する必要があるだろう。たとえば日本国内においては「コンパクトシティ」が評価されているように市街地に対する市民のアクセシビリティが評価されやすいが、ジャカルタの環境を考えると同じ指標を採用しても機能しないはずだ。JakLingkoのもつ公共交通機関のデータも、単に渋滞の削減だけを念頭に置くのではなく、さまざまな指標のもとで最適な選択肢を考えていく必要がある。

また、渋滞や事故の削減は環境負荷の低減や税収の改善などさまざまなメリットにつながるが、だからといって有効な施策ならなんでも実施していいわけではない。筆者自身、今回の取材でジャカルタを訪れた際にさまざまな人々と話したが、立場によって施策の受け止め方は大きく異なっていた。たとえば、われわれのようにマクロな視点から都市経済を捉えているプレイヤーはロードプライシングでラディカルな渋滞緩和を行なってもいいと考えがちだが、現地のタクシードライバーからすると、公共交通機関が整備される前にロードプライシングを導入されると生活が立ち行かなくなってしまうのだという。言うまでもなく、都市は多様な人々の生活やライフスタイルを包摂していかねばならない。今後ジャカルタはこれまで以上に急速に変化していくことが予想されるが、単にデータ上の効率化や最適化のみならず、さまざまな人々の声に耳を傾けることもますます重要になっていくのだろう。

取材:鈴木綜真(Spatial Pleasure)
撮影:Hilarius Jason
編集・執筆:石神俊大