2023.03.20
兵庫県姫路市から岡山県新見市を走るローカル線、姫新線。今でも地域の学生を中心に利用されるこの路線は、JR西日本が赤字区間の存在を明らかにしたことで注目の的となった。少子高齢化に伴い全国的にローカル線の赤字化が問題となるなかで、これからの鉄道はどう機能していくのか。廃線するか否かの議論を越えた公共交通の新たな可能性を考えるべく、岡山県真庭市生活環境部の三船哲弘と真﨑航大、同市で交通事業を手掛けるフクモトタクシーの福本和来、Spatial Pleasure代表・鈴木綜真が公共交通のリアルな課題を語った。
――2022年にJR西日本がローカル線30区間の赤字を公表したことはニュースでも大きな話題となりました。その路線のひとつに姫新線の名前も挙がっていましたが、姫新線とはどういった路線なんでしょうか。
真﨑 現状は主に通学のために使われており、利用者の9割は高校生です。たとえば中国勝山駅の近くにある県立勝山高校の生徒は約半数が姫新線を利用していますし、勝山中学や真庭高校など地域の学校に通っている学生の多くが姫新線を使われていますね。
三船 50〜60年前は、通勤のために使っている方もたくさんいたそうです。やはり自動車の普及と道路の整備に伴って自家用車を利用される方が増えていき、姫新線の利用者は減っていきました。
福本 ぼくは中国勝山駅の近くに住んでいたこともあり、たくさんの学生が利用している印象が強いですね。地域の人々から必要とされている実感があります。
三船 たとえば真庭市役所の最寄り駅である久世駅だと、令和3年度は一日180人程度の方が利用しています。中国勝山駅だと290人弱ですね。令和3年度学校要覧によると勝山高校の生徒431人のうち52.7%にあたる227人が姫新線を利用しており、駅の乗降車数はほぼ高校生の数とリンクしている状況です。
――地域の学生にとっては重要なインフラとなっているわけですね。赤字のような課題が指摘されるなかで、自治体としては鉄道にどう関わっていくものなのでしょうか。
真﨑 自治体と鉄道路線の関係性には正解がないので、どのように関わっていくべきか難しい問題でもあります。もちろん利用者が少ないなら廃線すればいいと考えている人は少ないわけですが、財政面の問題もありますし、自治体ができることにも限界はあります。一般的には、利用者が減っていき赤字が深刻化したタイミングで住民の方から存続の声があがり、自治体としても何らかの取り組みに着手することが多いのかもしれません。
福本 自治体からするとバスなど鉄道以外の交通機関にも関わっていますし、なにか問題が顕在化したときにトラブルシューティングを行うような体制にならざるをえない気もします。たくさんの課題があるため、優先順位をつけざるを得ない状況なのかな、と。
三船 姫新線については2022年12月に高校生が集めた署名をJR西日本に提出するなど、維持・存続のための取り組みが住民レベルで動き始めていますし、真庭市としても存続させたいという意志は強いですね。今使っている市民の方がいらっしゃるから残すべきなのはもちろんのこと、歴史的に見ても鉄道は地域の資源でもあったわけで、引き継いでいく重要性を感じます。
真﨑 実際にデータから考えてみても、通学の時間帯に利用している数百人の人々がバスで移動するのはあまり現実的ではありません。鉄道の方がバスより時間も正確ですし、短時間でたくさんの人が移動することを考えるとやはり鉄道のメリットは大きいように思います。
――姫新線の利用者が減っている状況に対し、真庭市としてはどのような施策に取り組まれているのでしょうか。
真﨑 昨年は駅周辺に地元の飲食店などが集まるマルシェのような場をつくったり、姫新線を利用した社会見学ツアーを行ったりしています。姫新線って学生の方々やその親御さんにはよく知られているものの、そもそも乗ったことがない方や日ごろ意識されていない方もたくさんいらっしゃいます。だからまずは駅周辺で賑わいをつくって関心を向けてもらったり、実際に姫新線に乗ってもらったりする機会をつくる必要性を感じています。
三船 運賃や定期券の補助を行えば乗客が増えるかもしれませんが、まずは多くの方々に姫新線の存在を意識していただくことが重要だと思っています。これまでのイベントを通じて、駅でなにか面白いことをしたいと考える人も増えてきているので、真庭市がイベントを行うだけでなく、地域の方々を支援するようなメニューも増やしていけたらと思っています。
福本 ぼくのようにタクシーや市バスに関わる交通事業者としても、姫新線とコラボレーションできる機会はたくさんある気がしています。もちろん交通機関の利用者全体が減少傾向にあるのは事実ですが、駅の存在が人々の移動に与える影響は確実にあります。実際に先程話題にあがったマルシェなどでバスの運行に関わった際には多くの方に利用していただけましたし、まちづくりにおいても相乗効果を生み出せるといいですね。
――データ分析の観点から見ると、廃線か存続かの合意形成を行う際に定量的な判断基準を提供できることがひとつのメリットではあるのですが、真庭市の場合はとくに廃線を求める声が上がっているわけではなさそうですね。
三船 真庭市はもちろん、JR西日本も廃線しようと考えているわけではありませんからね。赤字を受けて沿線の地域と連携しながら今後のあり方を検討していく段階にあります。もちろん、今後赤字が大きくなったり存続のために巨額の助成金を投じたりするようになるとべつの声が上がるかもしれませんが、現時点では姫新線をなくした方がいいと思っている方はあまりいないように思います。
――データ分析の観点から考えると、公共交通機関とデータ活用の文脈においては、今後地域の交通施策を考える上で指標やパラメーターを増やしていく必要があると考えています。従来は交通事故や渋滞損失をなくすことが交通指標の中心でしたが、温室効果ガスの排出量削減や施設や資源へのアクセシビリティの担保、ウォーカビリティの向上など、これからはより多くの指標が重視されていきます。世界的に見ても、温室効果ガスの排出量削減に向けて公共交通機関の利用を促進させる取り組みは増えていますし、多様な指標を見ながら交通計画を最適化する重要性は高まっていきそうです。
三船 なるほど、論点を増やすのは面白そうですね。
――単純な経済指標だけでなく、公共交通がもたらす社会的便益や環境的便益を見たうえで交通計画を最適化する必要性が高まっていくはずです。とくに自治体の場合は脱炭素先行地域に選出されると数十億円規模の助成が得られることもあり、データを通じた可視化が貢献できることは多そうです。特にカーボン排出量削減の文脈での交通政策評価の定量化は、弊社でもお声がけをいただくことが増えてきました。
三船 真庭市も、木質バイオマスなどの地域資源を活用した自然再生エネルギーの創出に取り組むなど、以前から脱炭素のまちづくりに取り組んできました。2020年には二酸化炭素排出実質ゼロ都市「ゼロカーボンシティまにわ」に向けた宣言を行い、さまざまな観点から取り組みを進めようとしています。ただ、交通の面ではまだ多くの施策が進んでいるわけではなかったため、脱炭素の観点から公共交通を再評価するのは面白そうですね。中山間地域の車が当たり前の社会のなかで、自家用車ではなくシェアモビリティや公共交通を使う暮らしの方が豊かだよねと考えられるようになると異なる未来も見えてくるかもしれません。
――世界的に見ても公共交通手動のまちづくりは注目されている領域ですし、たとえばデータをもとに潜在的なユーザーの可能性を定量的に提示できれば姫新線の整備をさらに進めていくような提案もできるかもしれないですね。
真﨑 データをもとに考えていく場合、具体的にはどんなデータの活用がありえるんですか?
――大きく分けると3つのデータが想定されます。1つめは公共交通の利用データ、2つめは国勢調査など行政機関がもっているオープンデータ、3つめは携帯端末がもっている移動データです。もっとも、予算によって使えるデータも限られてしまうので、オープンデータを使うことも多いように思います。たとえば運行スケジュールの最適化を考えるのであれば、年齢・性別など住民の属性と住所がわかるデータがあるだけでも、それぞれの住まいから沿線までの距離を見て潜在的なニーズを検証することはできそうです。そこに定性的なインタビューを組み合わせるとできることも広がりそうですね。
三船 面白いですね。真庭市としても姫新線を考えるならば自分たちだけでなく沿線の自治体を含め多くの方々と連携していく必要があるので、説得力をもった提案を行う上でデータの活用は面白そうですね。
――先程三船さんが指摘されていた鉄道の文化的・歴史的な価値や、地域の方々のシビックプライドを可視化するような施策もありうると思います。研究の領域ではそういった取り組みも行われています。個人的には、住民の方々に地域のイメージマップを描いてもらうのも面白いのではないかと思っています。たとえば住民ではないぼくの思い描く真庭市のイメージと、長年真庭市に関わられている福本さんのイメージは異なっているはずですし、地域の女子高生が描くマップも大きく異なっているはずです。それぞれの地図の中にどう姫新線が表れてくるかを調査することで姫新線の位置づけを考えていくのも面白そうですね。あるいはSNSなどに投稿されている情報から真庭市や姫新線のイメージを整理していくのも面白いかもしれません。あるいは、データ分析という観点から考えるのであれば、鉄道だけなくオンデマンドバスの活用や連携を考える可能性もありうるように感じます。
三船 ただ、姫新線は姫新線、バスはバス、といったように役割が分かれてしまっている気がしますね。
福本 交通事業者の課題だとも思います。べつのそれぞれの領域を聖域化しているわけではないのですが、バスに関わる方から姫新線やJRの話題が上がることは少ないですし、お互いがお互いのマーケットを見ていない状況にありますね。
三船 たしかに「人を動かす」ことを中心に地域の交通を考えるならば、異なる交通機関が連携していくことが重要ですよね。
福本 ただ、そこまでシンプルな話でもなくて。実際にオンデマンドバスを走らせようとするとコストが見合わなかったり乗客数に限界があったり、壁に突き当たることが多いのも事実です。前提として人口減少に伴い交通機関の利用者そのものが減ってきているので、限界が見えてしまいやすいのかなと思います。
――ありがとうございます。赤字化が話題になるとすぐ「廃線する/しない」に議論が集約されがちですが、より多角的な視点から考えられるべき問題なのだなと感じます。
福本 面白い状態でもあると思います。単なる廃線の可否とは異なる判断基準や考え方を提示できれば、新しい事業にもつながりそうですよね。
真﨑 報道だけを見ていると、廃線したいと思っている鉄道会社と社会的価値のために存続させようとする自治体の対立に見えてしまいがちですよね。もちろん赤字は問題ではありますが、実際には鉄道をなくしたい人って少ないはずです。
三船 むしろ大多数の方が姫新線のような地域の鉄道に興味をもっていないことの方が問題なのかもしれません。なくす/なくさないではなくて、姫新線は地域の資源なのだという意識を醸成していく重要性を感じています。たとえば近年進んでいる脱炭素の動きなどは、ひとつのきっかけになるかもしれませんね。
福本 交通って単なる移動だけではなく、福祉や医療、教育へのアクセシビリティとも深くつながっているはずです。脱炭素はもちろんのこと、SDGsのような観点からも交通機関のあり方を考えなおすような動きにつながると面白そうですよね。
三船 中山間地域は車社会だと思われがちですが、数十年前はみんな公共交通機関を使っていたわけで、必ずしも自動車がなければ生活が成り立たないとは限らないわけですから。車社会とは異なる論点を仕掛けたり、べつの生活の可能性を考えたりするきっかけをつくっていくことが重要なのかもしれません。
取材:鈴木綜真(Spatial Pleasure)
編集・撮影・執筆:石神俊大