Spatial Pleasure

2024.07.05

脱炭素への取り組み先進企業インタビュー 〜 株式会社商船三井様

日本を代表する三大海運企業の1社である株式会社商船三井。同社は日本国内のみならず世界の海運業界を牽引しています。他業界と同様、重要となってくるのが脱炭素であり、同社は気候変動問題にも積極的に取り組んでいらっしゃいます。
同社は、2021年6月に『商船三井グループ 環境ビジョン2.1』を発表し、2050年までのネットゼロ・エミッション達成を目標として掲げ、その『2.1』を2023年4月に『環境ビジョン2.2』に更新、2020年代中のネットゼロ・エミッション外航船の運航開始、2035年の輸送におけるGHG排出原単位45%削減(2019年比)などの具体的な取り組み方針を策定しました。
気候変動対策だけでなく自然資本・生物多様性の保護といった様々な地球環境への負荷低減を進める同社の、カーボンソリューション事業開発ユニット カーボンリムーバル事業チーム 事業開発担当マネージャー 松本 房子氏、 主任である引地 慶多氏、及び 池永 邦彦氏に、同社としての脱炭素の目標、カーボンクレジットへの想いや選定基準、国内外を跨ぎ社会に貢献する同社の脱炭素施策や注力領域などについて伺いました。

Interviewee: 株式会社商船三井 カーボンソリューション事業開発ユニット カーボンリムーバル事業チーム事業開発担当マネージャー 松本 房子氏
株式会社商船三井 カーボンソリューション事業開発ユニット カーボンリムーバル事業チーム 主任 引地 慶多氏
株式会社商船三井 カーボンソリューション事業開発ユニット カーボンリムーバル事業チーム 池永 邦彦氏

2024年4月にカーボンソリューション事業開発ユニットを新設。CO₂バリューチェーンの上流~下流までをカバーし、一気通貫の組織体制構築によるシナジー創出を図る。

Interviewer: 鈴⽊ 綜真
Spatial Pleasure 代表取締役社長
京都大学物理工学科在学中、オーストラリア、ボストン、南米など3年ほど転々とする。卒業後、ロンドン大学空間解析研究所(UCL Bartlett School)の修士課程にて都市空間解析の研究を行い、2019年5月にSpatial Pleasureを創業。都市の外部性評価に興味がある。Wired Japanにて「Cultivating The CityOS」という連載を持つ。

ーー鈴木:貴社で設定されている脱炭素の目標はどのようなものがあるかまずお教えいただけますか?
松本氏:2021年6月に環境ビジョン2.1を策定し、業界に先駆けて2050年ネットゼロという目標を掲げました。
その後、2023年4月に目標達成のためのより具体的なマイルストーン(2025年までに環境投資額6,500億円(23年度からの累計)、2030年GHG総量23%削減(2019年比)など)を定めた環境ビジョン2.2を策定し、それに基づき今現在活動しています。

ーー鈴木:御社の脱炭素ロードマップを拝見し、脱炭素の取り組みへの積極性に感銘を受けました。Beyond Value Chain Mitigation (BVCM)*1を目標に掲げる国内企業は少ないと思いますが、このような脱炭素の目標を策定に至った背景や、御社が意識している法律や規制をお教えください。
松本氏:当社は2050年のネットゼロという目標達成に向け、2050年時点でどうしても残ってしまう残余排出量をCDR(Carbon Dioxide Removal、ネガティブ・エミッションと同義) により中立化する必要があります。CDRを必要とする企業・業界として、足元からそのスケールアップに貢献していくことが我々のチームの主要なミッションです。中間目標として2030年までに累計でCDRクレジットを220万トン償却するマイルストーンを設定するに至りました。
 カーボンクレジットは正しく活用されれば気候変動対策に必要な民間資金を導入するための強力な手段となりうると考えますが、現在の世の中の潮流として、各種ガイドラインにて企業の排出にカーボンクレジットによるオフセットが認められず、安易な利用がグリーンウォッシングとの批判を数多く受けている状況にあります。しかし、そうした状況を理由に緩和への取り組みを後回しにしていては、カーボンバジェット を使い果たしてしまい、1.5度、2度目標の達成は難しくなってしまいます。そうした現状認識から、当社は自社排出の削減を最優先で行いながらも、さらに追加で2050年に向けて足元から積極的にCDRの取り組みを開始しておりましたので、それらをBVCMとして環境ビジョン2.2の中で体系化しました。
 また、当社は外航海運を主な事業とする企業で、排出される二酸化炭素の9割が船舶から、すなわち国際水域での排出です。従って、順守すべきルールも各国の規制ではなく、IMO(国際海事機関)*8が決めるものになります。しかし、外航海運におけるカーボンプライシング関連の規制整備が遅れているため、我々のクレジットの取り組みはあくまでボランタリーベースとなっています。
 その他、欧州のEUETS(EU Emissions Trading System)などの地域ごとの規制についても、社内で対応しています。我々は欧州・米国にも寄港するため、当社としては網羅的に世界の規制を知らないといけないですね。

外航海運事業者である故の国際的規制に則った先進的な取り組みと、日本が国際的に規制の上で出遅れないようにする働きかけ

ーー鈴木:GX-ETS*2もまたフェーズが1という段階で、取り組まないからといって厳密な罰則はないと認識しています。
御社の同業の国外事業者様が積極的に「炭素の排出量を下げる」ことに取り組んでいらっしゃるので、整合性をとるために御社も本件に取り組まれているのでしょうか?
池永氏:先ほどご説明した通り、我々は外航海運を生業とする故、国際的な業界の規制に則ることがまず求められます。一方で、我々は日本に籍を置く企業であるため、国内の規制や取組みが世界的にみてガラパゴス化しないよう、市場にアクションを起こしていくことも当社の役割であると感じています。

ーー鈴木:今後はコンプライアンス、二国間クレジット制度*8(JCM)を視野に入れながら取り組みを進めることもあるのでしょうか。
引地氏:状況によって排除するものではないと思っています。しかし、IMOが規制を未だ策定中なので、将来の規制動向を見ながら私たちがどこに注力するかを柔軟に決める必要があります。当社では規制関連の部分は環境・サステナビリティ戦略部という別部門が担当しております。ボランタリークレジットに関して言えば、絶対に相当調整が使えるもののみを考慮するかというと、足元ではそうではありません。

ーー鈴木:御社が利用される予定のカーボンクレジットの種類は主に吸収系であると思いますが、クレジットの選定基準について教えてください。
松本氏:当社は2050年の時点でネットゼロを目標にしており、その時点で残った排出を中立化するために吸収・除去系のクレジットを使用するとしています。これは「我々がこれだけバリューチェーン上で炭素を排出したので、クレジットを充て相殺する」というオフセットとは異なります。自社の排出量に関して科学的な手法に基づき削減を進めていくのに加え、ネットゼロに至るまでの過程では自社Scope1排出のオフセットは行わず、クレジット利用は社会のCO2除去への貢献のために行います。
ただ、我々の顧客からScope3(すなわち当社のScope1)に対しクレジットを使ったオフセットを行いたい旨ご相談いただいた場合は、サービスという観点から、吸収系のみならず削減系のクレジットを利用することもあると思います。しかし、我々の自社使用に関しては削減系クレジットを利用することは現状では考えておりません。

左から:株式会社商船三井 松本氏、引地氏、池永氏

技術系は現時点で高額であるものの、それを理由に敬遠してしまい技術が集積しないのは問題

ーー鈴木:吸収・除去系で220万トンのクレジットというと現在莫大な金額になると思いますが、今後どのような調達を想定されていますでしょうか?
引地氏:吸収・除去系のクレジットであれば、自然系も技術系*4も選択肢からは排除しておりません。それぞれ、すでに具体的な取り組みを行っており、自然系であればインドネシアにおいて、マングローブの保全・再生事業に参画、技術系であればNextGen CDR Facility*5への参加を通じ、2030年までのクレジット調達目標も掲げています。技術系のクレジットは現時点で高額であるものの、それを理由に敬遠していては、投資や技術革新が進まず、2050年に社会が必要とするCDRの量が足りなくなることが見込まれるので、我々としては今から取り組んでいきます。
吸収・除去系で220万トンという野心的な目標の達成に向け、自然系と技術系の両方の取組みを積み上げていきたいと考えています。

ーー鈴木:現在参画されている自然系のクレジットの事業投資は御社が事業展開をしていく地域でされているのでしょうか?なぜインドネシアなのでしょうか。
引地氏:海運事業を生業としている企業として海洋保全との親和性が高いブルーカーボンのプロジェクト参画をしたいと考えていたところ、事業拠点のあるインドネシアで良いプロジェクトを見つけられたというのが理由です。ただ、マングローブが生育するエリアは限られており、今後ブルーカーボンのみにフォーカスするかはわかりませんが、極力我々の事業に関係があるプロジェクトに取り組みたいと思っています。

ブルーカーボンを作るのみならず、地域住民の生活向上や、生物多様性の保護にも貢献したい

ーー鈴木:実際インドネシアのブルーカーボンを作られる中で、どのような苦難があるかご教示ください。
引地氏:一番困難な点は、遠隔地におけるプロジェクトの進捗管理や現地住民とのコミュニケーションが一筋縄ではいかない点です。マングローブ植林は作業を現地住民に委託して実施していますが、一からワークフローを整えたり、泥水が膝まで浸かる中での重労働であるが故に植林が計画通り進まなかったり、などの課題があります。
しかし、当社=資金提供者、現地住民=作業者という関係や、「ブルーカーボンを得るためだけに資金を提供する」という金融取引的な関係になることは望んでいないので、我々もできる限り現地へ足を運び、現地と密にコミュニケーションをとりプロジェクトを進めることを意識しています。
クレジットを創出するだけでも大仕事ですが、それに限らず本プロジェクトの実施を通じて、地域住民の生活向上や生物多様性の保護にも貢献したいと思っており、昨年も現地を訪れ、地元の方とのコミュニケーションに時間をかけました。
他方、天候が雨季と乾季に分かれており、種子を手で集めて植えていく作業を雨季に行わなければならないことも大変です。時季が限られる中、降雨予想や潮位予想をしながら如何に効率的に植えるか計画値を立ててプロジェクトに取り組んでいます。

ーー鈴木:ブルーカーボンのプロジェクトのモニタリングはどのように行っていますか。
引地氏:いつ、どこまで植えたか、どれくらい成長したかを3〜5年ごとにモニタリングします。その際に、現地で調査するのみならず(全ての木を1本1本数えることはできないので)衛星画像やドローンなどリモートセンシングの技術を使用し、衛星画像と現地で得たデータをチューニングし、モニタリングしていきます。また自分自身、衛星画像解析ができるエンジニアなので、衛星画像の分析もチーム内である程度可能であることは強みだと思っています。

ーー鈴木:衛星画像解析ができる社員さんがいるとは心強いですね。次の質問ですが、今後投資をしていくプロジェクトのロケーションはどのように決めていくのでしょうか。
池永氏:今後のプロジェクトの選定の基準としては、当社は輸送事業を本業とする海運会社として、全世界で活動してする中で当社事業と関わりが深い地域での取組みを考えています。近年、TNFD*6であったり、自然資本といった考え方が重要になってきており、当社としても全体のストーリー性を念頭に入れながら会社としてのポートフォリオを構築していきたいと考えています。

ーー鈴木:ちなみに、吸収・除去系のプロジェクトタイプはなにをお考えでしょうか?
池永氏:先ほど引地が述べた通り、自然・技術系双方の具体的な取組を増やしていきたいと考えています。ただし、現時点ではまだ技術系はプロジェクト数も、マーケットへのクレジット供給量も限られているため、まずは自然系の取組みが中心になると思っています。自然系もマングローブに限っているわけではなく、所謂ARR(Afforestation, Reforestation and Revegetation)*7の取組が中心になってくるかと思っています。技術系は、既にNextGenCDRを通じて、DACCS、BiCRS、Biocharのクレジットの長期調達契約を実施しましたが、その他にも出てきている技術系のクレジットへの関与も検討しています。

ーー鈴木:国外でクレジット創出プロジェクトに関わる中で、クレジットの相当調整(相手国側でもクレジットを保持していたいなど)はどのように見ていらっしゃいますか?
引地氏:現在まだルールが各国決まってないことが問題です。「この国のこのプロジェクトが面白そう」と思ってもまだ法規制がない状況ではプロジェクト実行にリスクが伴ってしまうので、各国の規制動向は注視するようにしています。

左から:株式会社商船三井 松本氏、引地氏、池永氏、Spatial Pleasure 鈴木

米国にある商船三井のCVCは脱炭素技術、次世代燃料への転換をテーマにしたスタートアップ投資に積極的に取り組む

ーー鈴木:貴社はすでに様々な取り組みをインハウスで行われていますが、さらに脱炭素に取り組むに当たり、一緒に働きたいパートナーなどはいますか。MRVを一緒にやっていくパートナーなど(笑)。
引地氏:自然系プロジェクトですと、プロジェクトが進むにつれ面積が拡大することは必至ですので、パートナーがいてくださるのは有難いです。
どのARRプロジェクトでもあると思うのですが、植林しているのでそれに伴う生物多様性の変化の調査や、地域住民にどれくらい還元できたかなどの社会経済調査を行えたら良いなと思います。その際、現地で伴走してくれるカウンターパートやパートナーがいたら心強いですね。
池永氏:会社全体の取り組みも補足したいと思います。新技術の台頭という中で、昨年立ち上げた、米国シリコンバレーにある我々のCVCは脱炭素技術、次世代燃料への転換(水素・アンモニアの製造技術など)をテーマにしたスタートアップの技術投資に積極的に取り組んでいます。例えばMRVなど、本業との親和性を考慮し新技術に積極的に投資していきたいと考えています。

海運業者として第一に取り組むべきことは、燃料転換、運航効率改善などの自社での排出削減

池永氏:今までクレジットのお話をしてきましたが、当社2050年ネットゼロという目標を決め、それに対し海運業者として一番に取り組まなければいけないのは自社での排出削減です。燃料転換や船に帆をつけて風の推進力を使った運航効率改善など、地道な努力をすることが第一優先だと思っています。そこに関してはお客様との日々のコミュニケーションを通じ、できることを探っています。また、その地道な努力をもってしても2050年に削減しきれなかった場合の残余排出のために、CDRに取り組んでいます。この取り組みを社内外に伝え、賛同者を増やしていくことも重要と感じています。
引地氏:排出量削減が第一優先で、それに加えてCDRにも取り組んでいます。当社はCOPやダボス会議に参加するなど、国内外からの評価は上がっていると思っています。船と直接関わっていないように見えるCDRですが、2050年ネットゼロを掲げ、脱炭素が難しい業界にとって非常に重要なものですので一緒に活動できる企業がいらっしゃればパートナーになっていきたいです。

鈴木:本日はありがとうございました。皆様の熱い想いを伺うことができ、大変貴重な時間でした。

【鈴木より感謝コメント】
商船三井の社員さん自ら、現地訪問するなど本腰を入れて取り組んでいらっしゃることや、従来の創出済みクレジット購入によるオフセットという考えではなく、BVCM(Beyond Value Chain Mitigation)の考え方に基づき積極的に排出削減に関与していこうという姿勢に感銘を受けました。
また、削減系クレジットを取り扱うSpatial Pleasureとして、その重要性についてもっと社会へ伝えていく必要性を感じました。
ここ数年、吸収系偏重だったオフセット基準ですが、国際基準ではThe Oxford Offsetting Principlesなどをはじめ、改めて短中期における削減系クレジットの重要性について注目が集まっていると認識しています。
DMRVの提供を通じて、削減系である交通領域についても、透明性の高いクレジットの提供を行うことで、脱炭素に寄与することを目指します。
本日は貴重なお時間を本当にありがとうございました。

*1: Beyond value chain mitigation(バリューチェーンを超えた緩和)とは、企業のバリューチェーン外にある炭素の削減や緩和行動
*2: GX-ETSとは、経済産業省が創設したGXリーグにおける自主的な排出量取引(Emission Trading Scheme)のことで、CO2削減量・吸収量を取引できる仕組み
*3: IMOは船舶の安全及び船舶からの海洋汚染の防止等、海事問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関として、1958年に設立
*4: 吸収・除去系クレジットは大きく二つに分類できる
①自然系:植林/再植林、耕作地管理、泥炭地修復、沿岸域修復、森林管理、草地保全等
②技術系:Direct Air Carbon Capture and Storage(DACCS)、Bioenergy crops with Carbon Capture and Storage(BECCS)、Biomass Carbon Removal and Storage(BiCRS)、Enhanced weathering、バイオ炭(Biochar)等
*5:大気中の二酸化炭素除去に関する革新的な技術の普及・促進を目指す、技術系CDRクレジットの共同購買スキーム。三菱商事株式会社と、世界最大手のカーボンクレジット創出を手がけるスイスのSouth Pole社が運営し、商船三井の他、BCG、UBS、SwissRe、LGTの5社が参画。国際的な品質基準であるICROAに準拠した高品質な技術系CDR由来のカーボンクレジットを扱い、クレジットの買い手と売り手(プロジェクト)をつなぐことにより、市場拡大に必要な基盤を構築する役割を果たす
*6: 「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures」の略で、日本語に訳すと「自然関連財務情報開示タスクフォース」。このタスクフォースでは、企業・団体が自身の経済活動による自然環境や生物多様性への影響を評価し、情報開示する枠組みの構築を目指す
*7: 植林(Afforestation)と再植林(Reforestation)による炭素吸収の増加を目指す。新たに森林を創出することや、過去に伐採された土地に樹木を植えることで、炭素を吸収する樹木の量を増やし、気候変動に対処する
*8: JCMは、パートナー国への優れた脱炭素技術、製品、システム、サービス、インフラ等の普及や対策実施を通じ、パートナー国での温室効果ガス排出削減・吸収や持続可能な発展に貢献し、その貢献分を定量的に評価し、相当のクレジットを我が国が獲得することで、双方の国が決定する貢献(NDC)(注)の達成に貢献する仕組み