Spatial Pleasure

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  • London

2023.05.11

都市は多様なパラメータから分析されねばならない:Stephen Law(UCL/The Alan Turing Institute)インタビュー

都市を考えるうえでデータの利活用や分析の重要性が叫ばれるようになって久しいが、単にデータを使うだけで都市環境を改善できるわけではないだろう。どんなデータを使うのか、そのデータをどう分析するか、そしてどういった変化につなげていくのか――とりわけ実践につなげていくうえではハードルが増えていくことも事実だ。果たして私たちはデータをどのように活用していくべきなのか。かつてSpace Syntaxに所属し数多くのプロジェクトに携わってきたThe Alan Turing InstituteのStephen Lawに尋ねた。

香港とカナダのギャップから生まれた都市への興味

――Stephenさんは今University College LondonとThe Alan Turing Instituteにいらっしゃいますね。なぜ都市分析に興味をもたれたのでしょうか?

Stephen Law(以下、Stephen) 私は香港で生まれ育ってからカナダの大学へ通っていたのですが、香港とカナダ郊外の暮らしが大きく異なっていたことから都市に関心をもつようになりました。たとえばカナダの郊外は人と会う機会が少なく、どこに行くのにも時間がかかる。最寄りのコンビニに行くまで自転車で20分かかりましたから。他方で、香港は非常に人口密度の高い都市で、たくさんの人々が高層マンションに住んでいます。私は40階に住んでいたのですが、人々は住所やエリアではなく「何階に住んでるの?」と聞き合うわけです。5-10分歩けばなんでも買えますし、1日に6組の友人と出会うこともあります。

――どちらも極端な環境ですね。

Stephen そうですね、どちらの環境にも問題があると思い、都市分析にも興味をもつようになりました。香港とカナダの中間に位置するような都市をつくれないかと思ったんです。たとえばコペンハーゲンなどはその例と言えるでしょう。もともとはカナダの大学では経済学を専攻していたのですが、都市計画と都市デザインの博士号を取得し、空間ネットワーク解析などを研究するようになりました。

――本格的に都市分析に関わるようになった、と。

Stephen その後2つの都市コンサルティング企業でも働きました。ひとつはAECOMという非常に大きな総合エンジニアリング企業で、もうひとつはSpace Syntaxです。Space Syntaxには10年以上在籍しさまざまなプロジェクトに関わりました。

Stephen Law
The Alan Turing Instituteフェロー。カナダで経済学、イギリスで都市デザインを学んだのち、建築・都市デザインへ科学的アプローチでコンサルティングを行うロンドンの「Space Syntax」で勤務およびUCLで博士号を取得。現在は都市デザインにおける経済価値をテーマに研究へ取り組んでいる。

実際に体験させることで説得力を強める

――何か印象に残っているプロジェクトはありますか?

Stephen たとえばロンドンのElephant & Castle Crossingで行ったプロジェクトは非常に印象的でした。ここには2つの大きなロータリーがあるのですが、かなり危険な交差点として知られていて、歩行者は交差点を避ける地下道を歩かなければいけなかったんです。私たちのプロジェクトは交差点の変革に取り組み、地域のマスタープランも策定することで、交通の便が劇的に改善されたのです。実現にあたっては数多くの分析を行ったのですが、ロンドン交通局やサザーク区を説得するのに苦労した記憶が残っています。

――プロジェクトではどんなことを行ったんですか?

Stephen 当時は街頭にカメラがなかったので実際に街に出て人々がどのように歩きどう空間を使っているのか観察していました。その上で、もし交差点がなくなったらこの地域を通る人は何人増えるのかなど、さまざまなモデリングを行います。当時はこの交差点のせいで街が分断されてしまっていたため、よりよい形で交差点を再接続すれば地域全体の利用者も増えて街が変わっていくと考えたのです。当初、私たちは横断歩道を公共の場として捉えなおし、幅10メートルの横断歩道をつくりたかったんですよね。実際に横断歩道のモックアップをつくり、クライアントに実際に歩いてもらうことでどのように体験が変わるのか体感してもらいました。

Urban vitality of Bologna as predicted from Satellite imagery. Courtesy of Nokia Bell Labs Jane Jacob in the Sky project

メリットを可視化するためのコミュニケーション

――そういった分析や画像解析など多くの手法を実践につなげていくなかで、研究とビジネスの間にギャップを感じることはありますか?

Stephen 最も大きなギャップはコミュニケーションじゃないでしょうか。先程紹介したような公共スペースの改革には多額のコストがかかりますし、クライアントと適切に合意形成を行わなければいけませんから。そのためには単にお互いのメリットを言語化するだけでは足りなくて、ビジュアルを使いながら直感的に施策や分析の効果がわかるコミュニケーション言語を用いることが効果的だと感じています。直感的に価値を伝えられる方法が見つかると、自治体だけでなく住民やデベロッパーなど多くの人々と関われるようになるはずです。

――たしかに、都市のように多くのステークホルダーが関わる領域だとコミュニケーションも複雑化しますね。私自身も、マクロの価値を分解する難しさを感じています。たとえば交通渋滞を解消するのは都市全体にとっていいことですが、デベロッパーや自治体、交通機関がどれくらいメリットを得られるか可視化するのは難しいですよね。

Stephen 交通計画のような領域では費用便益分析が用いられることが多いと思いますが、金銭的な指標のみに落とし込むのは危険だと感じます。たとえば東京の街角でばったり友人と会っておしゃべりできる価値をどう評価すればいいのか? 難しいですよね。あるいは、あるグループへ価値を提供することがほかのグループの公平性を妨げてしまうこともあるでしょう。経済的な指標があれば異なる立場の人々が議論しやすくはなりますが、常に自分たちが何かを見落としていないか気をつけなければいけません。

Elephant & Castle Crossingで行ったプロジェクトにおける検証の様子。IMAGE COURTESY OF SPACE SYNTAX

都市を多様なパラメータから見る

――近年は経済的指標に次いで二酸化炭素の排出量が有効な指標として捉えられる機会も増えています。もちろんそれ自体は好ましく、長期的な視点に基づき都市を再構築できるチャンスではありますが、都市を評価するパラメータがもっと多様化するべきですよね。ただ、指標にも「階級」があるというか、パラメータを増やしたところで結局人々は経済、カーボンなどの指標しか重視しないことも少なくない。ほかのパラメータがオマケになってしまうんです。

Stephen イギリスでも芸術や人文科学に関する予算が削減されていますし、文化的な価値の評価は難しいと感じます。リチャード・フロリダが「クリエイティブ・クラス」を論じたように、創造性や多様性の源泉として都市を評価することもできるかもしれません。さらに現代においては「美」が都市を評価する指標から抜け落ちてしまっているように思います。ただ、Chanuki Illushka Seresinheらによる論文「Happiness is Greater in More Scenic Locations」が示しているように、人々の幸福度と景観の美しさはつながっていると考えられているんですよね。

――私やStephenさんはそんな創造性の価値を信じていますが、それをより多くの方々に伝えていけるよう努力していかねばと感じます。今Stephenさんはどんな企業や研究者に注目されていますか?

Stephen Michael Schisselという研究者に注目しています。彼はコペンハーゲン大学で教鞭をとっていて、自転車にフォーカスした研究に取り組んでいます。彼の論文の多くはネットワークの最適化に関するもので、自転車のネットワークをどのように拡大できるか考えているんですよね。コペンハーゲンは自転車にとって走りやすい街として知られていますが、彼は細かい部分まで分析を重ね、ただ論文を書いたりツールをつくったりするだけでなく政府とのプロジェクトにも取り組んでいます。彼は新しい交通モデルを考え出そうとしているのだと思いますね。ほかにもストリートネットワークモデリングソフトウェア「OSMnx」を開発したUSCにGeoff Boeingの活動は刺激的です。彼のつくったツールは、都市を分析するプロセスを民主化するものでもありますから。

――面白いですね。Stephenさん自身はこれからの都市がどう変わっていくと思われますか?

Stephen 10年後の都市がどうなっているのかはわかりませんが、気候変動は都市の移動を大きく変えていくでしょう。たとえば最短距離を通るルートではなく涼しい道を通る必要性が高まるなど移動の考え方が変わっていくかもしれませんし、新しい交通手段が生まれる可能性もありますね。あるいは自動運転が普及すると駐車場がなくなり、従来駐車場だったスペースがほかの用途に使われるなど、街の風景も変わっていくのだと思います。いずれにせよ気候変動をはじめとするさまざまな要因によって都市は変わっていくため、未来の都市を予見するのは難しそうですね。

Elizabeth Houseのプロジェクトでは、歩行者の動きを図示することで地域のつながりが希薄であることを明らかにした。IMAGE COURTESY OF SPACE SYNTAX

from Spatial Pleasure

Stephenが語る、都市の指標の話はいつだって面白い。最初に彼の存在を知ったのは、衛星とストリートビュー、どちらの画像の方が景観の価値について有意に定量化することができるか分析した論文『Take a Look Around: Using Street View and Satellite Images to Estimate House Prices』がきっかけだった。たしかそこからTwitterで連絡をとるようになり、仲良くやらせてもらっている。

彼と話していると、よく指標の階級について考えることになる。実際に街を考える上では、経済効果やカーボン排出による環境負荷の多寡といったキャッチーで強い指標以外にも、景観がもたらすウェルビーイングや生物多様性など、さまざまな指標があるはずだ。

ただ、私自身はある種カーボンのような強い指標を“利用”しながら長期的な都市の最適化を促せるのではないかと考えている。たとえば、現在の都市は40%が交通インフラ――つまり道路や駐車場――が占めていると言われる。都市空間の大部分が、そこで暮らす私たちにとってほとんど何の意味も生み出さない空間によって占拠されているということだ。しかし、カーボン排出の観点から交通最適を行えたならば、道路や駐車場の面積やつくられ方も変わっていくかもしれない。その先には駐車場が公園に変わり、道路が喫茶店やバーへと変わっていくような未来が待っているかもしれない。

カーボンと言われるとほとんどの人は環境負荷の低減しか思い浮かべないかもしれないが、カーボンという指標をもとに都市空間の最適化を行うことで、文化的な多様性を高められる可能性はある。都市の指標は単にその種類を多様化させるだけではなく、その使い方や捉え方もまだまだ多様化させられる余地があるのだろう。

取材:鈴木綜真(Spatial Pleasure)
編集・執筆:石神俊大