Spatial Pleasure

  • Interview
  • London

2025.06.03

都市分析の「ツール」をより多くの人々へ届けるためには:Dustin Carlino(The Alan Turing Institute)インタビュー

都市分析が重要からといって、誰もが自由に都市を分析できるわけではない。高価な専用ツールが必要になる場合もあれば、希少なデータを手に入れなければいけないこともあるだろう。そんななか、The Alan Turing InstituteのDustin Carlinoが取り組むプロジェクト「A/B Street」は、より多くの人々が気軽に都市分析に取り組めるツールを提供している。なぜDustinは異色のプロジェクトを立ち上げたのか。そして、都市分析の未来に何を見ているのだろうか。

ゲームのプログラミングから自律走行車のシミュレーションへ

――以前インタビューを行ったStephenさんと同じく、DustinさんはThe Alan Turing Instituteで都市分析のプロジェクトに携わっています。都市分析に興味をもつきっかけはなんだったのでしょうか。

Dustin Carlino(以下、Dustin) 私は幼いころからコンピューターゲームのプログラミングが好きだったのですが、ある時「経路探索」のアルゴリズムに興味をもちました。たくさんの敵キャラがひとりのプレイヤーを追いかけ回すようなゲームに使われるアルゴリズムですね。このアルゴリズムは、自律走行車を考える上でも役立つものでした。私は自動車なしでは暮らせないルイジアナ州で育ったので、自律走行車があれば交通の便もすごくよくなると信じていたんですよね。大学に入ってからは自律走行車の研究を行うグループに入り、DARPAのコンペティションに参加するなど、まずは自動車の経路探索に取り組むようになりました。

――たしかに自律走行車を考えることは都市インフラを考えることにもつながりそうです。

Dustin ただ、次第に自律走行車以外のモビリティにも興味をもつようになりました。オースティンに引っ越してから自転車に乗ったり、その後シアトルに引っ越して自転車と公共交通機関を使い分けるようになったり、次第に異なる移動のモードを意識するようになったんです。とくにシアトルでは自転車移動が危険を伴うことに気づき、異なるモード間の緊張関係が気になりだしました。なぜ自転車専用レーンがないのか、なぜ路上駐車が多いのか……車に轢かれそうになるのに疲れてしまったんです(笑)。

――自律走行車を考えるためには、歩行者や自転車についても考えなければいけなさそうです。具体的にはどんな研究を行っていたんですか?

Dustin 学部生時代には、交通信号のタイミングをオークションに基づいて変更するアイデアを提案する論文を書いていました。これはゲーム理論に影響されたアイデアで、よりせっかちな人々が集団でお金を出せば早く信号を青に変えられるようなものです。すべての自律走行車を制御するためには、中央集権的なシステムではなく分散型のシステムを使わねばなりません。オークションのような市場メカニズムやゲーム理論のようなものを使ってシステム全体の振る舞いを制御できないか考えていたわけです。

――面白いですね。ある意味、高速道路も似たようなものなのかもしれません。あるいはシンガポール政府が導入しているダイナミックロードプライシングも似ているかもしれませんね。

Dustin ただ、お金をたくさんもっている人の方が速く移動できるようになって、お金をもっていない人が渋滞に巻き込まれるようになるのは嫌ですよね。私のアイデアはあくまでもコンセプトを提示しているものなので、個人的には資本主義的でないやり方を考えられないかと思っていたんです。

Dustin Carlino
The Alan Turing Institute Urban Analytics Team所属。ソフトウェアエンジニア。テキサス大学オースティン校コンピュータサイエンス学部卒業後、Google Cloudに入社し、Google Compute Engineのバックエンドシステムに携わった。2018年にA/B Streetを立ち上げる。2021年より現職。

より多くの人々へツールを開く

――Dustinさんが取り組まれているプロジェクト「A/B Street」はDustinさんの研究を象徴するものだと感じます。このプロジェクトはどのように始まったんですか?

Dustin 2017年の冬にロンドンを訪れたとき、生まれて初めてきちんと公共交通機関が整備された大きな都市を体験したんです。アメリカとはぜんぜん違っていて、交通システムに対する興味が一層深まりました。当時はエンジニアとして働いていたのですが、大学時代に取り組んでいた交通シミュレーションについて再び考えたくなったのです。

――その後The Alan Turing Instituteに入られたわけですね。

Dustin 実際にはThe Alan Turing Instituteに入るまで3年間ほどオープンソースのエンジニアとして働いていて。その頃は忙しくなかったのでこのプロジェクトについて考えたりオンラインで発表したりしていると、興味をもってくれた方々が手伝ってくれるようになりました。当初は交通シミュレーションを行うことを想定して、ビジュアルエディターのようなものを使いながら直感的に地図に変更を加え、人々の移動をシミュレーションできるようにしたんです。もっとも、オープンストリートマップのデータが誤っていることもあれば、複雑な交差点では信号機がいくつも関わっていることもあり、きちんとシミュレーションを機能させるためには時間をかけて問題を解消していく必要がありました。

IMAGE COURTESY OF A/B STREET

――このプロジェクトの目標はなんですか? 研究プロジェクトとして維持するか、オープンソースのソフトウェアとして広げるとか、企業に導入してもらうとか――。

Dustin このプロジェクトのゴールは、誰もがこのツールを使えるようにすることです。徒歩や自転車の移動を改善していくために、誰もが交通環境を改善できるようにしていきたい。そのときに、お金や専門的な知識の有無が障害となってしまうことを避けたいんです。だからA/B Streetではすべてが視覚的に操作できるようになっていて、専門家でなくても簡単に使えるように設計されています。お金を払ってもらいたいわけではなく、使ってもらいたいんです。

また、私はビジネスパーソンではありませんし、経営にも興味がありません。ただソフトウェアはつくりたいだけなんです。ビジネスに十分な関心と知識があり多くの人がアクセスできるソフトウェアをつくる解決策を見つけられるような人にまだ出会ったことがないので、いまはThe Alan Turing Instituteで働いているとも言えます。

――より多くの人々に使ってもらうことが重要なんですね。

Dustin そうです。世界には交通シミュレーションを商用のソフトウェアとして販売している企業もいますし、きちんとビジネスとして成立させているのは興味深いことだとも思いますが、こうしたソフトウェアを使えない人々がいることも事実です。たとえばイギリスなら小規模な企業や自治体は予算がないのでバスの運行を維持するために苦労していて、計画を立てるために役立つソフトウェアを買うことも難しい状態にあります。そんな状況で彼らはエクセルやグーグルマップなど非常に原始的な方法で交通計画を立てざるをえない状況にあるわけです。イギリスに限らず、多くの国の公共交通機関は資金不足に悩まされていると思います。だからフリーソフトとして提供することで多くの人々がいまよりももっといい計画を立てられるようになったらいいなと思っています。

――素晴らしいですね。ほかのソフトウェアとは機能面の差異を意識されているのかと思っていたんですが、そうではなく価格やユーザの広がりを考えられていたんですね。

Dustin もちろん、機能も異なっているとは思います。ほかのソフトウェアのなかには公共交通機関のルートを計画することを目的にしているものもありますが、A/B Streetは特定の目的に特化しているわけではありません。私自身、非常に多くの領域に関心があることもあって、この分野はまだまだ開拓のしがいがあると思っています。

IMAGE COURTESY OF A/B STREET

マイクロモビリティがもたらす移動の多様化

――Dustinさんが最近気になっているプロジェクトはありますか?

Dustin 「Plan for Better」というプロジェクトが気になっています。このプロジェクトは大学の研究として始まったもので、15分以内の近所付き合いをコンセプトに、ある特定の地域について利用可能なサービスを把握できるようになっています。たとえばある地域を見て食料品店がないかすぐに確認できれば、地域の人々がどんなサービスを必要としているのか、どこでサービスを提供すべきなのか考えられますよね。

――面白いですね。

Dustin 空間的な配置を見るだけなので交通シミュレーションよりもはるかにシンプルな分析ですし、あらゆる問題というよりは特定の問題の解決に特化したものではありますが、シンプルさゆえにメッセージが強くなっているとも感じます。彼らのコードの多くはGitHub上で公開されていて、オープンソースの精神を感じるのも興味深いところです。

――さまざまな観点から都市分析を行えるようになると新たな発見も増えていきそうですね。Dustinさんはこの先モビリティの変化によって都市がどう変わっていくと思われますか?

Dustin 自律走行車が広がっていくと、交通の問題はもちろんのこと、社会的な問題や土地利用の議論など、さまざまな問題が悪化していくかもしれません。都市部の家賃が上がっていくと郊外が開発されて人々は自動車で移動するようになるわけですが、自律走行車が増えると、多くの人々は魅力的な場所からさらに離れたところに住むようになるでしょう。自動車がなければアパートを出てストリートを歩き、知らない人を見かけ、広場や公園に行けば誰かと出会えるかもしれません。それは自律走行車の中で1時間過ごすよりもずっと素敵なことではないでしょうか。自律走行車には人間との交流がないので、私はあまり熱心に興味をもてないのかもしれません。

他方で、スクーターやEバイクのようなマイクロモビリティの活用は面白くなってきていると思います。こうしたモビリティは今後もっと重要性が高まっていくんじゃないでしょうか。大都市のように人が密集している地域はもちろんのこと、密集していない地域を考えてみても、折りたたみ型の小型スクーターがあればバス停までの移動が簡単になり、人々がバスに乗りやすくなるかもしれません。ファーストワンマイルとラストワンマイルの間の選択肢のようなものですね。マイクロモビリティが広まっていくことで、これまでとは異なる選択肢が増えていくと面白いと思うんです。

from Spatial Pleasure

Dustinの「A/B Street」は、非常に刺激的なプロジェクトだ。ソフトウェアの開発を通じてより効率的・効果的な交通計画を実現しようと考える企業は少なくないが、誰もが交通計画ソフトウェアを使えるような状況をつくろうとするA/B Streetの思想はかなりラディカルだと感じる。

「Participatory Urban Planning(参加型都市開発)」の考え方は日本でも広く知られているが、Dustinの思想はその一歩先を行くものだと言える。市民はもちろんのこと、NPOのような機関や民間企業が行政とともにまちづくりに参加する重要性が説かれる機会も増えているが、A/B Streetのような「ツール」が市民に解放されることで、まちづくりや都市開発のありようも大きく変わっていく可能性がある。

A/B StreetはキャッチーなUI/UXが評価されることも多く、たしかにその体験は魅力的でもあるのだが、Dustinが語るようなコンセプトのもとでつくられているからこそこうしたUI/UXが生まれているのだろう。Spatial PleasureとしてもDustinの姿勢から学ぶことは多いと感じている。

取材:鈴木綜真(Spatial Pleasure)
編集・執筆:石神俊大